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日本人のイスラム教に対する認識とメディア

皆さんはイスラム教」と聞くとどのような印象・イメージを受けるだろうか?

全身を隠す女性の姿だろうか。テロリストやISISだろうか。残念ながら、本来平和な宗教であるイスラム教に対して「怖そう」といった印象を受ける方が多いのが事実だ。

 

私はイスラム人口が80%を占める国であり、世界最大のイスラム国であるインドネシアで生活をしていたが、彼らは温厚的で日本人が抱く一般的なイスラム教のイメージとは程遠い。

 

どうしてここまでイスラム教のイメージが違うだろうか? 

 

様々なイスラム

私たちがイスラム教に関して知ろうとした時、まず知らなければいけないことはイスラム教の中でさえ多様な考え方が存在するという点だ。

 

例えば、イスラム教の人は豚を食すこと、アルコールを摂取することが禁じられているが、その認識が人によって違うということがある。

大雑把に以下のような考え方の人がいる。

  1. 豚もアルコールも気にせず摂取する
  2. 豚は絶対食べない、アルコールは飲む
  3. 豚もアルコールも絶対摂取しない

 

1や2の人は比較的寛容なイスラム教の人たちだ。特に発展した都市部に多く、インドネシアの首都ジャカルタではイスラム教の女性でも髪の毛を見せて歩く人や肌を見せて歩く人も多い(イスラム教の女性は髪・肌を隠さなければいけない)。近年経済の発展と共に寛容なムスリムが増えてきている。

 

3の人たちが最も多いムスリムの人たちだ。ハラルフード(ムスリムの人が食すことのできる豚やアルコールを使っていない食事)であることがわかれば気にせず食す。 日本に旅行に来てもハラル認証を受けているレストランで食事を楽しんだりしている。

 

一方で、さらに強い意志を持って戒律を守るムスリムもいる。1回でも豚を炒めた鍋で作った料理は食べない、牛を食べる時もきちんとした屠殺処理を行っていないと食べない、ハラル認証を受けていても信頼できないので食べないといった人たちだ。

 

以上からわかるように「食事」という切り口を取ってもさまざまな考え方をするムスリムがいる。大事なことはイスラム教の教えという土台は共通項としてあるがその教えをムスリムがそれぞれ解釈をしているということだ。

教えに対しムスリム自身がそれぞれ解釈をしているため、以上のような多様性が生まれる。多様性によって生まれる違いを全て完全に理解することは私たちには難しい。

 

その多様性を持ったイスラム教という大きな集団の中では、武力を行使しようとする考え方に発展してしまう人がわずかながらいる。すなわち、

 

日本人が「怖い」とイメージする「イスラム」は多様性の中で生まれた一部のわずかな集団に過ぎないのだ。

 

イスラムのイメージを生んだメディア

私たちがそのようなイメージを生む要因となっているのはメディアの影響が大きい。

(もちろん イスラム国 = イスラム教 と捕らえてしまっている個人の問題でもある)

 

ごくわずかな一部のイスラムの「怖い」部分にメディアが焦点を当てるためそのような印象を抱いていまう。怖い部分以外のイスラムに焦点を当てたニュースが1つでもあれば、そのような印象は変わる可能性があるが、残念なことに日本人にとって怖い部分以外のイスラムは馴染みがないため需要はあまりない。

 

メディアの印象操作に関する問題は「メディア 印象」などとインターネットで検索すれば山ほど出てくる。

 

日本におけるイスラム教に対する認識もメディアによって(意図的ではなく)結果として私たちの印象を操作する結果になっているのかもしれない。

 

メディアとの共生 

様々な情報が溢れる現代で、私たちは自分の頭で考えしっかり自分の意見を持つことが重要になってきている。

メディアから得られる情報は答えのないことも多く、膨大な情報が溢れている現代ではメディアによって自分が流されているだけという状況になってしまいがちである。

 

メディアを通して、イスラム教は怖いものだと印象付けられるのではなく、

「確かにそういう考え方もある」

「でも違う考え方もあるのではないか」

「メディアに流されているだけではないか」

「やっぱり自分はこう思う」

といったように、1度立ち止まって考えてみることが大切なのではないだろうか。